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高松高等裁判所 昭和26年(ナ)9号 判決

原告 徳田佳一 外五名

訴訟代理人 大西美中 外六名

被告 香川県選挙管理委員会代表者 委員長 田岡雄次郎

訴訟代理人 坂千秋 外一名

主文

昭和二十六年四月二十三日執行の高松市議会議員選挙の効力に関し被告が昭和二十六年十一月一日為した裁決を取消す。

前項の選挙を有効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人らは主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として原告らは昭和二十六年四月二十三日執行された高松市議会議員選挙における候補者であり且つ当選人であるが、被告は選挙人仁志定治外十六名の訴願に対し同年十一月一日右選挙人らの異議申立に対して高松市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)のなした決定を取消す、右高松市議会議員選挙を無効とするとの裁決をなし同日その要旨を告知した。而して被告が右決裁において認定した事実並びに理由の要旨は末尾記載のとおりである。

しかし

第一の事実については訴外斎藤真一、磯淵清吉が不在者投票を偽造し破棄したことは争わないが、その数を争う決して被告主張の如く不特定多数ではない。訴外山地義信がかようなことをした事実は全然ない。

即ち昭和二十六年四月二十二日市選管の書記で当時不在者投票事務の補助者であつた訴外斎藤真一と臨時雇であつた訴外磯淵清吉が不在者投票の整理中斎藤において四票、磯淵において四票計八票を抜き取りこれを破棄して偶々手許に存した不在者投票用紙を用いてこれに斎藤は候補者飯島治夫及び同磯淵良男のためにそれぞれ二票ずつの偽造投票を、又磯淵清吉は右磯淵良男のために四票の偽造投票を作成して不在者投票中へ混入したものである。即ち右両名の所為によつて生じた無効投票は当選者飯島治夫の得票中二票、同磯淵良男の得票中六票の計八票であり、他面計八票の帰属不明の不在者投票を生じた結果となる。而してかように投票の数が特定している場合にはその投票の効力乃至帰属の如何によつて当落に影響を受ける当選人は明確に区分し得るものであるから、かかる場合に選挙全体を無効としその投票の効力乃至帰属がどうであろうとも何ら当落に影響のない当選人の当選までも無効にするいわれは全くないのであつて唯これによつて当落に影響のある当選人の当選だけを無効とすれば足るのである。

或はかかる場合にも選挙の管理執行の手続に関する違法があると見得るから選挙無効を以て論ずる者があるかもしれないが、凡そ当選の無効を生ずる場合には何らかの意味において選挙の管理執行の手続に関する違反はあるのである。即ち無効なるべき投票を有効と判定し有効なるべき投票を無効と判定するのは公職選挙法(以下公選法と略称する)第六十八条の規定に違反し、また無権利者の投票が混入している場合においては同法第四十一条、第四十三条、第五十条第二項の規定に違反するものである。たゞかゝる場合には投票の数が特定していて当落に影響を受ける当選人を区分し得るから当選無効を以て論じ決して選挙無効を以て論じないのである。

当選無効は必ずしも投票の個々具体の有効無効が問題となる場合だけに限局されるものでなく、無権利者の投票が混入している場合(帰属不明の無効投票の存する場合)選挙無効とならないで当選無効となることについては既に判例が確定している。従つてあたかも逆に有効なるべき投票が破棄せられ(即ち違法に投票が拒否されたと同一の結果を生じているもの)而かも何人に属したか不明の場合も右と同様に論ずべきは理の当然である。要するに問題は投票が特定しているかどうかにあるのではなくて投票の数が特定しているかどうかにあるのである。

第二の各事実中

(イ)不在者投票十七票焼却に関する事実は認める。

しかしながら選挙人山田愛治外十六名の投票にかかる不在者投票は同人らとは全然同居の親族としての関係のない訴外杉山富夫が一括して市選管に持参提出したものであつて公選法施行令第五十八条以下の規定に照し元来不適法で受理すべからざるものであり、従つて当然無効の投票であるからこれを焼却したことは失当であつてもかかる事実は何ら選挙に実害を加えるものではなく選挙の自由公正は少しも害されてはいない。しかのみならずこの場合も特定数の投票が問題にされるのであるからその投票が無効であろうが有効であろうが本来当選無効の原因となり得るだけで決して選挙無効の原因となり得るものではない。

(ロ)及び(ハ)の事実も争わない。

しかしながら裁決理由記載の計十票の不在者投票中選挙人浜谷義雄、小倉甚三郎、西池直衛、植松重吉の四票は投票閉鎖時刻経過後に到達したものであるから該四票は元来不受理とすべき無効投票であるからこれを投票管理者へ送致しなかつたからといつて選挙に実害を生じ選挙の自由公正を害するものではなくその余の六票のみが帰属不明の投票(即ち違法に投票が拒否せられたと同一の結果を生じているもの)となり、従つて選挙の効力に関するものではなく当選の効力に関するに止まるのである。

第三の事実については斎藤真一が落選者平野幸太郎に交付した投票用紙は九枚であつて決して被告主張の如く不特定多数ではない、而かもこの九枚の用紙は平野本人は固より同人以外の何人によつても全然投票のために使用されたことはない。

次に斎藤が磯淵清吉及び山地義信に計三十枚を交付したことは事実であるが、これ亦全然投票のために使用されていない。

以上の如く投票用紙は不正に交付されても現実にそれが不正に使用されない以上選挙の自由公正は毫も害されるものではない。

第四の事実については石原秀隆が投票用紙五枚を焼却した事実は認める。しかしこれは被告も裁決において認定しているとおり選挙当日早朝市選管から送致された成規の投票用紙を点検中無印又は印刷の悪い投票用紙五枚を発見したので成規の投票用紙として選挙人に交付されることのないようにするためこれを取除き後日焼却したものであるから右は単に投票用紙たるに止まり全然投票のために使用されていないばかりでなくその枚数も右の如く五枚なること明確である。

第五の事実中現実に使用された投票用紙の数が六万四千二百六十六枚であることは認めるがその余は争う。

市選管の印を押捺して調整された投票用紙(即ち有印の成規の投票用紙)の数は第一次において七万五千二百三十枚第二次において千五百枚計七万六千七百三十枚であつてその内現実に使用されたものは前記の如く六万四千二百六十六枚であるからその差額一万二千四百六十四枚残存しなければならない筋合であるところ検証の結果現実に残存している数は一万二千四百四十二枚(尤もこの内無印の投票用紙十五枚混在していることが発見されたが、これは当初から成規の投票用紙として押印したと思い調整済の数に入つていた)であることが明かであるから右一万二千四百六十四枚と一万二千四百四十二枚との差二十二枚が「行方不明」となるのであるが、この「行方不明」というのは真に「行方不明」ではなく十分説明ができる票数である、即ち第一事実の斎藤真一の偽造に使用したもの四枚、磯淵清吉の同四枚、第三の事実の斎藤真一が平野幸太郎に交付したもの九枚、第四の事実の石原秀隆が焼却したもの五枚、計二十二枚となり行方不明の枚数と合致する。

以上の次第であるから投票用紙の受払、保管、使用等に関する被告の主張は失当である。

投票用紙の受払等を記録に止めて置くことは単に受払の事実を明かにする便宜上の一つの資料たるに止まるのであつて固より法令の根拠に基くものではなく記録に止めておかなかつたからといつてために選挙手続を違法ならしめるものではない。たとえ如何に記録の不整備があつても実際上投票用紙の受払に誤がなければ支障がない筋合である。

第六の被告主張事実は全部虚構の事実である。事の真相は次のとおりである。即ち

第三開票所において開票の後各得票数を計算したのであるが、当時候補者が多数であつたのでその有効無効の投票の撰別及び計算が頗る困難であつた。そして一旦各候補者別の得票数が計算されたのでその集計の結果を事務従事者笠井為義が開票録に骨筆で複写式に記載したところ記載後に右の集計に違算のあることが発見されたので更に計算をやり直し漸くにして各候補者別の得票数及び無効票数の正確な計算ができたのである。そこで同人は右の骨筆による数字を明確に訂正するため該数字の上から毛筆で右の正確な数字を記入したまでであつて被告主張の如き投票不法毀棄の事実は全然ない。

第七の事実は争う。

市選管における事務従事者側においては不在者投票用紙の交付又は封筒受理の都度その請求者又は提出者につき同居の親族なりや否やを確かめて居る。この点に関し現行法上事務従事者には実質的審査義務はない。非同居親族でありながら故意に同居親族を偽装する所為は専ら選挙人側にその責があるのである。被告において同居の親族でない者に不在者投票用封筒及び投票用紙を交付し又は同居の親族でない者から提出せられた不在者投票用封筒を受理したものであるという事実を主張するならば宜しく被告は具体的にその事実を挙げて主張すべきである。而かもたとえ被告のいう同居の親族以外の者に不在者投票用封筒及び投票用紙を交付し又は同居の親族以外の者から提出された不在者投票用封筒を受理したという事実があつたとしてもそれはいわゆる積極的帰属不明の無効投票を生ずるに過ぎないから当選無効の原因とはなつても選挙無効の原因とはならない。

しかのみならず仮りに不在者投票の手続全体が違法であつたとしても選挙全体を無効ならしめるものではない。

以上の次第であるから本件の事実関係はいずれも個々の投票に関するものであり、従つて個々の当選の効力に影響を及ぼすべき当選訴訟の原因となり得ても決して選挙訴訟の原因となるものではない。

被告は個々の行為よりもそれを綜合して選挙事務に粗漏があつたと主張するけれども多数の市選管事務従事者の一部において事務取扱いが不手際であり誤解を招く点があつたことは事実であつても、そのことはあくまで行政上刑事上の責任問題であつて、その個々の行為の現実に選挙に及ぼした効果とは別個に考察さるべきである。

なおまた被告は仮に本件は当選無効を以て律せらるべきものとするもその無効は全当選者に及ぶべきものであるから全当選者の当選を無効とすべきであるというけれども本件訴訟は訴願人の訴願が対象となつているのではなく被告の為した裁決の当否が対象となつているのであるから被告の右主張は失当である。

よつて被告のなした裁決を取消し本件選挙を有効とするとの判決を求める次第であると述べ、

立証として甲第一号証第二号証の一乃至三、第三号証の一、二、第四、五号証を提出し、証人斎藤真一(第一、二回)磯渊清吉、山地義信、杉山富雄、堀四郎、平野幸太郎、笠井為義、国万喜市、太田顕、中山隆炳、森本秀春(第一回)松原義武、大山実の各証言、各検証の結果を援用し、乙第二号証の一、同第三号証、同第四、五号証の各一、二は成立を認める。同第一号証の一乃至六、同第四号証の四は官署作成部分のみ成立を認めるが内容は不知、爾余の乙号各証は不知と述べ乙第二号証の一を援用した。

被告訴訟代理人らは原告らの請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告らが昭和二十六年四月二十三日執行の高松市議会議員選挙における候補者であり且つ当選人であること、被告が昭和二十六年十一月一日原告ら主張の如き裁決をし同日その要旨を告示したこと、被告が右裁決において認定した事実並びに理由の要旨が原告ら主張のとおりであることはこれを認める。被告の主張は右裁決理由敍述のとおりであつてこれに副わない原告主張事実はすべて争う。

第五(裁決書理由第七)事実中「使途不明の投票用紙」が四十票あるというのは必ずしも四十票の票数を主張するものではない。「使用不明の投票」とは法令所定の手続によつて正当に選挙人に手交されなかつたものを指称する次第であつてその中には第一のいわゆる投票すりかえの事実、第三の投票用紙不正交付の事実、第四の投票用紙焼却の事実を含むのであるが、敢てその票数を確定するの要はない。相当多数の投票用紙が不正に使用されて選挙の公正を害した事実を主張するのである。

また残存投票用紙中に発見された無印の投票用紙十五枚の内一枚を残存投票用紙の枚数中に算入しなかつたのは被告の実地調査の際に投票所より返送されたと称する成規の投票用紙中の一枚にくつついて重なつたまま発見されたのであるからこれを独立の投票用紙と見ることは適当でないとして計算上省略したに過ぎない。

要するに本件選挙には投票用紙の管理(保管、使用、処分、受払関係)に関する不正違法、投票の不法毀棄、不在者投票事務の管理執行に関する不正違法(多数の不在者投票焼却、不在者投票用封筒の記載事項の書きかえ、投票管理者へ送致すべき不在者投票の不送致、不在者投票の提出者が選挙人の同居の親族なりや否やの認定をするのを煩をいとうて恰かもそのすべてが郵便により送付提出されたものの如く取扱い不在者投票調書には全部郵便による提出として記載する等)選挙関係記録の不法改さん(訂正印の押捺もない)等幾多の瑕疵があり、いずれの事実を捉えてみても明かにそれは選挙の管理執行に関する不正事実であつて選挙全般にかかわりを持つ不法である。決して個々の投票につき個別的にその効力を究明するための審理対象たるべきものではない。即ち選挙全体のやり直しをしなければならない程に選挙の自由公正が害されたというべきであるから選挙全体を無効とせざるを得ない。

なお仮に本件が当選無効を以て律せらるべきものとすればその無効は全当選者に及ぶべきものであると述べ、

立証として乙第一号証の一乃至六、第二号証の一乃至三、第三号証第四号証の一、二、第四号証の三の一乃至六十五、第四号証の四、五、第五号証の一、二を提出し、証人木下薫、北田ミユキ、森本秀春(第二回)の各証言を援用し、甲第五号証は不知、爾余の甲号各証は成立を認めると述べた。

理由

原告らがいずれも昭和二十六年四月二十三日執行された高松市議会議員選挙における候補者であり且つ当選人であること並びに被告が選挙人仁志定治外十六名の訴願に対し同年十一月一日原告ら主張の如き理由のもとに選挙無効の裁決をなし同日その要旨を告示したことは当事者間に争がない。

よつて右裁決の当否について逐次審究するに、

第一の事実については斎藤真一が市選管書記として、また磯淵清吉が同臨時雇としていずれも右選挙事務に従事中昭和二十六年四月二十二日午後六時頃から同十時頃までの間に市選管保管整理中の不在者投票封筒在中の選挙人の記載した投票を破棄して市選管保管中の別の成規の投票用紙に擅に自己の支持する候補者の氏名を記載してこれを封入し以て投票のすりかえをした事実は当事者間に争のないところである。

被告は右すりかえられた投票中斎藤真一がしたのが約八票、磯淵清吉がしたのが約四票であるというけれどもこれを認めるに足る証拠なく(乙第一号証の一乃至五中この点に関する記載内容は後記証拠に照し措信しがたい)むしろ却つて成立に争のない甲第三号証の一、二に証人斎藤真一(第一、二回)磯淵清吉の各証言を綜合するときは右不在者投票封筒在中の帰属不明の投票を破棄した票数は斎藤真一、磯淵清吉において各四票宛計八票、さらに別の成規の投票用紙に擅に自己の支持する候補者の氏名を記載して偽造した票数は各四票宛計八票であることが認められる。

右の如く偽造投票が有効投票中に混入し、しかもその数を特定し得る場合は個々の投票の効力に関する問題に帰し当選無効の原因となつても選挙を無効ならしめるものではない。次にまた有効となるべき投票を破棄した事実は結果においては正当な投票をする権利のある者に対しその投票を不法に拒否した場合と同一視すべく、而して正当な投票をする権利のある者に対する投票の拒否はひつきよう投票数の計算の問題に帰し、当選人の決定には影響はあるであろうが、選挙全体の効力に影響を及ぼすような違法ではないから右の如く破棄された投票の数を確定することができしかもその帰属が不明の場合にはこれまた当選争訟の問題であつて選挙そのものを無効ならしめる力があるものではない。

次に山地義信が右の如く投票のすりかえをした事実はこれを認めるに足る証拠がない。むしろ却つて証人山地義信の証言によれば同人はかかる投票のすりかえをした事実のないことを認めることができる。

第二(1) 不在者投票十七票焼却に関する事実は当事者間に争のないところであるが、証人堀四郎、杉山富雄の証言によれば右不在者投票はいずれも同居の親族でない者から一括して市選管委員長に提出されたことが認められるからこれらの不在者投票は本来受理すべきものではなく而かも右投票中投票者たる選挙人本人の自署にかかるものや代理投票(公選法施行令第五十六条第三項)の存することにつき何らの主張立証のない本件においては右不在者投票はいずれも無効であるといわざるを得ないからこれを焼毀したとしても選挙の結果には何らの影響を及ぼさないものといわなければならない。

しかのみならずこの場合も特定数の不在者投票が問題となるのであるから特定の不在者投票のみその影響を受けるに止まり選挙全体に影響するものとは考えられないから当選争訟に属するものと解すべきである。

(2) 及び(3) の不在者投票用封筒の投票記載年月日を法定期間経過後受理した如く書き改めた事実並びに不在者投票不送致に関する事実(その票数計十票)は当事者間に争のないところであるが検証の結果によれば、その内浜谷義雄、小倉甚三郎、植松重吉、西池重衛の四票は投票閉鎖時刻の経過後に到達したことが認め得られるからこれら四枚の投票は無効のものであるというべく、従つてこれを市選管事務従事者が投票管理者に送致しなかつたといつて選挙の結果に影響を及ぼすものではなく結局他の六票のみが帰属不明の不在者投票となるのであるからこれら六票の不在者投票の封筒記載の投票記載年月日の書きあらためや投票管理者への不送致は結局正当な投票をする権利ある者に対しその投票を不法に拒否した場合と同一の結果に帰するが故に前同様当選争訟として取扱わるべきものである。

第三の事実中斎藤真一が選挙期日前に平野幸太郎、磯淵清吉、山地義信に成規の投票用紙を不正に交付したことは当事者間に争なく、その枚数について被告は平野に交付したものは十三枚、磯淵及び山地に交付したものは約三十枚であると主張するけれども乙第一号証の一、二、五中右の票数に関する供述記載部分は後記証拠に照したやすく措信しがたく、むしろ成立に争のない甲第三号証の二に当審証人平野幸太郎、磯淵清吉、山地義信の各証言を綜合すれば平野に交付されたものは九枚、磯淵に交付されたものは二十枚、山地に交付されたものは十枚であり、しかも右平野に交付されたものは同人において一枚もこれを投票に使用せずそのまま自宅に存置してあつたが、選挙後刑事事件に関し全部警察署に提出し、また磯淵、山地においても右交付を受けた投票用紙は一枚も使用せずいずれも市選管保管の成規の投票用紙中へ戻して置いたことが認められる。してみるとこれも選挙の結果には何ら影響を及ぼさなかつたものといわなければならない。

第四の事実は当事者間に争のないところであるが、これはいずれも所定の押印のないものかまたは印刷の悪い投票用紙であつて全然投票に使用されていないのであるから選挙の結果には影響がない。

第五の事実について

証人中山隆炳、森本秀春(第一回)松原義武の各証言及び右松原証人の証言によつてその成立を認め得る甲第五号証を綜合すれば市選管において第一次に押印調製した投票用紙の総数は七万五千二百三十枚(内松原義武が調製したもの七万四千二百三十枚、堀四郎が調製したもの千枚)第二次に押印調製したそれは千五百枚(被告は千五百三枚と主張するけれどもこれを認めるに足る証拠はない)合計七万六千七百三十枚であることが認められ、その内選挙のため正当に使用された投票用紙の数が六万四千二百六十六枚であることは当事者間に争のないところであるからその差一万二千四百六十四枚残存していなければならない筋合であるところ検証の結果によれば現実に残存している数は一万二千四百四十二枚であることが明かである。尤もこの中には無印の投票用紙十五枚混在していること亦右検証の結果によつて明かであるけれども前掲中山、森本(第一回)各証人の証言によればこれは当初から前示押印調製済みの成規の投票用紙中に誤つて混入していたものと認めるを相当とする。被告は右の内一枚は被告において実地調査の際投票所より返送されたと称する投票用紙中の一枚に重なつてくつついていたのを発見したのであるから独立の投票用紙と見ることは適当でないと主張し証人森本秀春(第二回)の証言中にはこれに副うような部分があるけれどもこれのみでは前記認定を覆すに足らず他に右認定を左右するに足る証拠はない。けだし前掲中山、森本(第一回)各証人の証言によれば当初押印調製した投票用紙は市選管事務従事者において二十枚一束として市選管の金庫に保管していたが、選挙に際し一応各投票所に配分送致せられ、各投票所において選挙人に交付使用した残りを更に返還して来たものやまた不在者投票用としてその事務担当者堀四郎に交付してあつたものの中使用残りのものを同人から返還して来たものがすなわち現に残存している成規の投票用紙なることが認められ残存しているものは必ずしも当初市選管において二十枚一束として作つた束そのままのものであるとは断定しがたいからである。

してみると前記残存していなければならない筈の一万二千四百六十四枚と現実の残存数一万二千四百四十二枚との差二十二枚がいわゆる「使途不明」となるのであるが、前説示の如く第一事実の斎藤真一、磯渊清吉が各偽造に使用したもの各四枚(計八枚)第三事実の斎藤真一が平野幸太郎に交付したもの九枚、石原秀隆が焼却したもの五枚を合算すると二十二枚となり右「使途不明」となつている枚数と合致することになる。故に結局市選管事務従事者において投票用紙の受払、調製、保管等に不備粗漏の点があつたとしても選挙の結果には影響を及ぼしていないといわざるを得ない。

投票用紙の受払等逐一記録に止めて置くことは望ましい事ではあるがこれは事実を明かにする一資料たるに過ぎないから、たとえかかる記録に不整備の点があつたとしてもそのことのみでは選挙の効力に影響を及ぼすものとはいえない。

第六の事実中投票毀棄の事実についてはこの点に関する乙第二号証の二(証人大山実の証言によつて成立を認め得る)の記載内容は証人大山実の証言に照し措信し難く他にこれを認めるに足る証拠はない。また被告主張の如く開票録の記載が書きかえられていることは成立に争のない乙第二号証の一によつて認め得べく、開票後各候補者の得票数を合算した際当初の計算ではその数と無効投票との合計数が投票者数より十一票多い結果となつたことは右乙第二号証の二及び証人大山実、笠井為義(第一、二回)の各証言によつてこれを認めることができるけれども真実投票箱在中の投票数が投票者数よりも多数であつたとの事実についてはこれを認めるに足る証拠はない。

むしろ却つて証人為義(第一、二回)国方喜市、太田顕の各証言を綜合するときは第三開票所においては開票後各候補者の得票数を計算したのであるが、当時候補者が多数であつたのでその計算が相当煩雑であり殊に有効無効の投票の撰別については一応事務従事者において撰別したものについても開票立会人から異論が出てさらに審議を練りなおす等頗る困難であつた。さようなわけで一旦各候補者別の得票数が計算されその集計の結果を事務従事者笠井為義が開票録に骨筆で複写式に記載した後右集計に違算のあることが発見されたので、更に計算をやりなおし漸くにして各候補者の得票数及び無効投票の正確な計算ができたのである。そこで同人は右の骨筆による数字の記載を正確な数字に訂正するため該数字の上から毛筆で右の正確な数字を記入した次第であつて真実投票数が投票者数よりも多数であつたとの事実もなく従つて投票不法毀棄や開票録不法改さんの事実もなかつたことを認めることができる。

なおまた開票録なるものはひつきよう開票に関する手続及び開票の結果を記載する記録であつて一種の証明文書に外ならないからその記載の訂正については作成者の訂正印の押捺を欠いたからといつて選挙の効力には何ら影響を及ぼすものではない。

第七被告は不在者投票中

(イ)選挙人の現在場所でする不在者投票(在宅投票と略称する)に関し不在者投票用封筒及び投票用紙を選挙人の同居の親族でない者に交付したもの約四十三件

(ロ)在宅投票に関し同居の親族でない者より提出された不在者投票封筒を市選管において受理したもの約五十件

(ハ)公選法施行令第五十五条第二項第二号に規定する指定病院でない病院を指定病院として患者の不在者投票に関し一括交付又は受理したもの約十一件

あつたと主張するが証人木下薫の証言によつてその成立を認め得る乙第四号証の三の一乃至六十五によれば、右在宅投票に関し市選管事務従事者が不在者投票用封筒及び投票用紙を選挙人の同居の親族でない者の請求により交付し、且つ同居の親族でない者より提出された不在者投票在中の封筒を受理したもの四十九件(但しその内選挙人本人によつて投票の記載がなされたもの二十票)不在者投票用封筒及び投票用紙の請求のみが同居の親族でない者によつてなされこれに交付したもの二件(但し右二件とも投票の記載は選挙人本人によつてなされている)その提出のみが同居の親族でないものによりなされたもの五件(但しその内投票の記載が選挙人本人によつてなされたもの三票)であると認めざるを得ない。而してたとえ不在者投票用封筒並びに投票用紙の交付や不在者投票封筒の提出受理の手続が適法でなかつたとしても選挙人本人が自ら記載した投票は有効と解すべきであるから、右非同居親族に交付し又は非同居親族より提出された不在者投票計五十六票中選挙人本人が自ら記載したと認むべきものを控除した残り三十一票は無効といわざるを得ない。

次に栗林病院が公選法施行令第五十五条第二項第二号所定の指定病院でないことは原告の明かに争わないところであるが市選管が同病院を右指定病院なりとして同病院入院患者の不在者投票に関し不在者投票用紙と同封筒を一括交付又は受理したことは被告提出援用の証拠によつては未だこれを認めるに十分でない。尤も前掲乙第四号証の三の一乃至六五によれば栗林病院入院患者の不在者投票に関し同病院長の請求により不在者投票用紙及び同封筒を交付し且つ同病院長から不在者投票封筒を提出しこれを受理したもの七件(但内一件は交付の点のみ)が認められるけれどもさらに右証拠によれば右投票はいずれも選挙人本人によつて記載されたものなることが認められるから結局これら七票の投票は有効といわなければならない。

而して前記無効投票はひつきよう潜在無効投票であり、個々の投票の効力の問題に帰するから選挙を無効ならしめるものではない。

被告は市選管事務従事者は在宅投票に関し不在者投票用封筒や投票用紙の交付又はその受理に当り、その請求者又は提出者が当該選挙人の同居親族なりや否やを確かめることなく全部郵便によつて送付されたものの如く不在者投票調書に記載する等その取扱極めて粗漏である旨主張し、証人堀四郎の証言によれば不在者投票事務担当者たる同人は当初は在宅投票に関する不在者投票用封筒や投票用紙の交付又は受理の際その請求者又は提出者が当該選挙人の同居の親族なりや否やを確かめ、又不在者投票調書にもその旨正確に記載していたが選挙当日に至り不在者投票の提出或は送付の数が急激に増加し一時に殺到して来た有様であつたのでその処理に忙殺され後日訂正する意図の下に不在者投票調書に「〃」なる符号を用い一応郵便による送付の如く記載したことが認められる。しかし在宅投票における不在者投票用封筒や投票用紙の交付または受理に際しては市選管委員長(従つて事務従事者)において一々同居の親族なりや否やを確認する処置を執ることは望ましいけれども、はたしてそれが真実同居の親族なりや否やを審査すべき実質的審査権を有しないものと解するを相当とするから右審査に欠けるところがあつたとしても選挙の規定に違反したものとはいえないであろうし、また不在者投票に関する調書の記載に真実に反する点があるとしても選挙の効力には影響を及ぼさないものと解すべく、これを要するに不在者投票の管理に関する違法は選挙の効力に関する争訟の理由とならないものと解するを相当とする。

以上説明する如く本件事案はその多くは当選争訟に属するものであり、また不在者投票のみに関する瑕疵は個々の不在者投票の効力に影響があるとしても選挙全体を無効にする力があるものとは解せられない。その他選挙の規定に違反するところがあるとしても選挙の効力に影響を及ぼさないから本件選挙は有効というべくこれを無効とした被告の裁決は失当である。

被告はさらに本件事案が選挙無効でなく当選無効を以て律すべきものとしても全当選者の当選を無効とすべきであるというけれども本訴は被告のなした裁決を対象としているものであつて右は原告等の本訴請求以外のことに属するからこれを採用しない。

よつて被告のなした裁決を取消すべきものとし訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 前田寛 判事 萩原敏一 判事 呉屋愛永)

被告が裁決において認定した事実並びに理由の要旨

第一(裁決理由第一) 市選管書記斎藤真一、雇山地義信、臨時雇磯渊清吉は昭和二十六年四月二十二日午後六時頃より同十時頃までの間において市選管に保管整理中の不在者投票封筒を開披し在中の選挙人記載にかかる投票を破棄して別に成規の投票用紙に己が支持する候補者の氏名を記載してこれを封入し特定候補者の得票を増加せしめた。而して右の如く破棄しすりかえした投票の数は斎藤真一が候補者飯島治夫のために約四票、同磯淵良男のために約四票、磯淵清吉が候補者磯淵良男のために約四票合計十二票を下らないことが判断できるが、その実數を確定することはできない。

第二(裁決理由第二) 市選管書記堀四郎は (イ)昭和二十六年四月二十三日午後五時半頃市選管事務局において選挙人山田愛治外十六名の投票にかかる不在者投票十七票を発見したが、他の不在者投票は既にそれぞれ投票管理者に送致された後であつたので七十七票については成規の不在者投票受付手続及びそれぞれの投票区の投票管理者に送致する手續を怠りその怠慢行爲を隠すため同日午後八時頃これを焼却した。(ロ)同日午後六時二十分頃前同所において選擧人高橋和夫外四名の投票にかかる不在者投票五票を発見したがこれまで適切な措置をとらなかつたことを隠蔽するためその後到達した不在者投票一票と共に不在者投票用封筒の投票記載年月日をあたかも法定期間経過後に受理したものの如く書き改めた。(ハ)選挙人河上唯一外三名の投票にかかる不在者投票四票についてもその属する投票区の投票管理者に送致しなかつた。

第三(裁決理由第三) 前掲齋藤眞一は元市選管の書記長にして曾ての上司であつた平野幸太郎に選擧期日前成規の投票用紙を不正に交付した。その票数につき齋藤眞一は約十三票といい平野幸太郎は九票であつたという、右の外齋藤眞一は昭和二十六年四月二十二日午後十時過ぎ磯淵清吉及び山地義信に対し成規の投票用紙約三十票を不正使用の目的で交付した。

第四(裁決理由第五) 投票管理者石原秀隆は選擧当日市選管から送致された成規の投票用紙を点検中無印又は印刷の悪い投票用紙約五票を発見し成規の投票用紙として選擧人に交付されることのないよう着衣(洋服)の外袋に入れ所持していたものを後日縣会議員選擧のため第四投票所の準備をしていた際これを焼却した。

第五(裁決理由第七) 市選管は投票用紙の保管管理に缺くるところ大なるものあり選挙の公正を害する原因を作つた。市選管の押印のある成規の投票用紙の數及びその受拂が審かでない。即ち市選管は成規の投票用紙の調製押印數及び受拂について確実な記録を作成していないので確実には調べがたいが市選管書記中山隆炳及び雇松原義武の供述によれば第一回目に調製した投票用紙の中押印したいわゆる成規の投票用紙は七万五千二百三十三票であつたと推定される、而して第二回目に調製した投票用紙は市選管事務局の予備用のもので納入した半数に押印し他の半数はそのまま金庫に納めて保管したとの前記中山書記の供述によつて調査したところに無印の投票用紙の現存数は一千五百三枚であるから押印した投票用紙も同様千五百三票と推定される。従つて有印の成規の投票用紙の総數は七万六千七百三十三票と推定される。

次に右投票用紙の中使用されたものは、不在者投票用に交付したもの千三百五十票選挙当日選擧人に交付したもの六万二千九百十五票選挙当日汚損したもの一票計六万四千二百六十六票であるから従つて残存投票用紙の数は一万二千四百六十七票とならなければならないが、実数は一万二千四百二十七票であるから使途不明の投票用紙が四十票あることになる。然るに前記石原秀隆の焼却した投票用紙約五票、齋藤眞一が平野幸太郎、磯淵清吉、山地義信に各不正交付した投票用紙約四十票及び齋藤真一、磯淵清吉が特定候補者の得票増加をはかるために不正使用した投票用紙約十二票合計約六十票であるから前記使途不明の投票用紙と符合しない。以上の次第であるから押印調製した正規の投票用紙の数が七万六千七百三十三票であるという前記中山書記等の供述は信用出来ず使途不明の投票用紙の矛盾を解く方法は見出せない。

要するに成規の投票用紙の調整數が不確定のため不正使用の目的で持出されたことも直ちに発見することができず且つその数も確定できない状態であつてかくの如きは市選管の投票用紙に対する管理の失当甚しきものというべく選擧の公正を害する原因を作つたものと言える。

第六(裁決理由第八) 第三開票事務従事者は同所の開票録中無効投票内譯欄の記載の一部を勝手に改ざんした。即ち右事務従事者が有効投票の総數と無効投票の総數とを合計してみるとその総數が投票した選擧人の総數より十票多いことに気付き投票者數と投票數とのこの矛盾を糊塗せんがため候補者の当落には影響しない無効投票中より十票を毀棄することにし無効投票中最も票数の多いもの(候補者の何人を記載したかを確認しがたいもの)の中から十票を毀棄して当該無効投票の記載数37を27と、無効投票合計欄の記載数92を82と改ざんしたが、更に候補者野口裕の得票数に數え誤りのあることを発見し一票増加したので同候補者の得票数121を122と訂正し、次に票數の多い無効投票(二以上の候補者の氏名を記載したもの)中より一票を毀棄し開票録中の当該無効票記載欄の記載16を15と無効投票合計記載欄の記載82を81と改ざんした。かくの如く第三開票所事務従事者は同開票所において投票した選挙人の数よりも過多となつた投票の処分に窮し当落に影響を及ぼさない無効投票中より十一票を擅に毀棄して両者の数を合致せしめた。

第七(裁決理由第十四) 不在者投票開係事務の處理に当つた市選管事務従事者は (イ)いわゆる在宅投票に関し不在者投票用封筒及び投票用紙を同居の親族でない者に交付したもの約四十三件 (ロ)同じく在宅投票に関し同居の親族でない者より提出された不在者投票を受理したもの約五十件 (ハ)公選法施行令第五条第二項第三号に規定する指定病院でない病院を指定病院として患者の不在者投票に関し一括交付又は受理したもの約十一件 を算する等の過失をおかし潜在的無効投票となるもの約六十五票を生ぜしめている。以上認定の諸事実に徴するときは不在者投票の取扱は極めて粗漏で不在者投票全般に関する管理行為は甚だ不適正であつたといわなければならない。而して前掲第三の事実は明かに選擧の規定違反であり且つ第五の事実の如く市選管の投票用紙の調整及び管理の不適正によつて前記第三事実の投票用紙不正交付の數及び第一事実の不在者投票増減の數が確定できない状態であり、一方第六事実の如き第三開票所における投票者総数を上廻る投票があつたと推定し得る事実はこれら不正事実の原因を生ぜしめた投票用紙の調製及び管理についての重大な過失と共に明かに選擧の規定違反に該当するものであるばかりでなく、第一に示した市選管書記齋藤眞一、臨時雇磯淵清吉が有効投票を破棄し特定候補者に対する投票を増加せしめた事実とその数の不確定、さらに第二に示した不在者投票の焼却とその送致怠慢の事実及び第七に明かな如く不在者投票事務の管理の不適正に基く相当数の潜在的無効投票の惹起等の違法乃至不始末の事実を併せ考えれば選挙の公正を旨とする法の精神を無視して行われたものでありかような綜合的観点からしても本件選挙は公選法第二百五条にいわゆる選挙の規定に違反するものということができる。而して本件選挙の最下位当選者の得票数は六百六十四票であり、次点者のそれは六百六十二票でその差僅かに二票に過ぎず、一方不正交付、不在者投票のすりかえ等に使用された使途不明の投票用紙の数は確定出来ないが少くとも四十票以上あること、及び無効の投票数は約六十五票に上ると推定できるのであるから、本件選擧を無効とし改めて適法な手續によつて選挙をしなおすにおいては選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものということができる。よつて本件選擧を無効とする。

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